ジェイコブ・デシェーザー

ジェイコブ・デシェーザー(1945年)

ジェイコブ・デシェーザー(Jacob DeShazer, 1912年11月15日 - 2008年3月15日)は、アメリカ合衆国オレゴン州出身の元アメリカ陸軍航空軍軍曹ドーリットル空襲に参加したパイロットである。後に宣教師となり日本でキリスト教の伝道を行った。

生涯

デシェーザーと淵田美津雄との伝道旅行

1942年ドーリットル中佐の攻撃隊の一員として航空母艦ホーネットから16番機の爆撃手として発艦し、日本本土初空襲に参加する。

詳細は「ドーリットル空襲」を参照

中国大陸では乗機が日本軍支配地域に不時着したために日本軍の捕虜になり、60日間尋問と拷問を受ける。その後、上海戦時国際法違反で裁判が行われ終身禁錮刑をとなり、南京で戦争犯罪人として獄中生活を送る。その時、仲間の1人が病死した際に、葬儀を行うために日本人看守が差し入れた聖書により、キリスト教に回心する。

1945年8月20日北京で解放された。アメリカへ帰国した後に日本人伝道を志しシアトルパシフィック大学神学教育を受け、「私は日本の捕虜であった」という日本語のパンフレットを100万部以上日本に送り続けた。

1948年に宣教師として妻フローレンスと共に来日。淵田美津雄と協力し10年間北海道から沖縄まで伝道をする。1977年に本国に帰国し、オレゴン州で伝道を続けた。

参考文献

  • 『日本キリスト教歴史大事典』教文館、1988年

関連

  • NHKスペシャル「ふたりの贖罪〜日本とアメリカ・憎しみを越えて〜」(2016年8月15日放送)[1]

脚注

  1. ^ https://www.nhk.or.jp/special/detail/20160815.html
戦後の来日宣教師(1945年 - )
日本のキリスト教史
聖公会
メソジスト

アルフレッド・ストーン(1935) · ジェイコブ・デシェーザー(1948)

長老派
日本長老教会

P・フォックスウェル(1948)

聖書教会連盟

C・レナード(1954)

バプテスト派
保守バプテスト外国伝道協会

M・クレイグ(1947) · J・ミーコ(1947) · モーゼス・サビナ(1950) · J・マクダニエル

日本バプテスト教会連合

F・ソーリー(1948)

日本バプテスト・バイブル・フェローシップ

I・フォスター(1949)

日本バプテスト宣教団

F・ミラー(1951)

ルーテル教会
アメリカ・ルーテル同胞教会

M・ワーデル(1949)

メノナイト
北米メノナイト・ブラザレン教会

H・ティルマン(1949)

アライアンス
スカンジナビア・アライアンス
カベナント教会
アメリカ福音自由教会

C・ハンソン(1949) · D・ヘッセルグレイプ(1950)

きよめ派
日本伝道隊
フェイス・ミッション
センド国際宣教団

樋口信平(1947) · 穐近祐(1947) · J・スイート

福音交友会

E・バーワ(1947) · A・パフ(1949) · 山本ジュリア春江(1948)

聖霊派
日本福音宣教団

R・ペディゴ(1950)

日本フォースクェア福音教団

B・チャールズ(1950)

日本オープン・バイブル教団

P・ラウンズ(1950)

チャーチ・オブ・ゴッド

R・シェルホーン(1951)

超教派
キリスト教青年会
世界福音伝道団

A・フルトン(1950) · K・ラウンドヒル(1951)

キャンパス・クルセード・フォー・クライスト
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