入江為常
入江為常(いりえ ためつね、1894年2月7日[1] - 1969年3月3日)は、日本の貴族院議員。子爵。入江為守の子。
経歴
東京府出身。学習院を経て1914年(大正3年)、東京府立一中卒業。家業である歌道を極める道には進まず、東京帝国大学に進学して理学部化学科を卒業。台湾総督府中央研究所技師を経て、1928年(昭和3年)に陸軍技師、次いで理化学研究所技師となった。1938年(昭和13年)から1947年(昭和22年)まで貴族院議員を務めたほか、東京女学館で講師も務めた[2]。
家族
妹の高木邦子は崇仁親王妃百合子の母。弟に入江相政。母・信子は柳原前光伯爵の長女で、柳原白蓮の異母姉、かつ大正天皇の生母・柳原愛子の姪にあたる。昭和天皇と「はとこ」の関係にある。妻は豊子(京極高徳の娘)。後継者として、甥で坊城俊良の次男俊久を婿養子に迎えた。
脚注
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- ^ 『平成新修旧華族家系大成』上巻(霞会館、1996年)p.202
- ^ 千田稔『華族総覧』講談社現代新書、2009年7月、264-265頁。ISBN 978-4-06-288001-5。
日本の爵位 | ||
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先代 入江為守 | 子爵 入江家第2代 1936年 - 1947年 | 次代 華族制度廃止 |
貴族院請願委員長 | |
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